「パリ祭」史(2)日本 前半

 「パリ祭」には舞踏会などの「お祭り全般」と「コンサート」があります。「全般」はデパートや洋菓子・洋装・洋酒店・カフェなどのセールや映画鑑賞、音楽サロンなど。「コンサート」はガラコンサート、リサイタル、レコードコンサートなどです。「全般」のほうでは、パリ在住経験者たちの親睦団体「巴里会」主催の「巴里祭」があります。会員にはお馴染みをあげれば、木村毅[き]、大佛次郎、西條八十、関屋敏子、藤田嗣治、石黒敬七、川喜多長政、東郷青児、益田義信、堀口大学など作家、詩人、歌手、画家らが名を連ねます。会の結成は1930年ですが、第1回「巴里祭」は新聞記事の三十回から逆算すれば1928年、映画邦題より前です。巴里会は日中戦争がはじまるころ、会長にフランス大使だった佐藤尚武を迎えて、敗戦後からは後楽園で歌えや踊れの派手な祭りに。
 以下は、新聞・雑誌・チラシ・プログラムなどで裏付けられた、主催者ごと年代順のおもな「パリ祭全般」と「パリ祭コンサート」です。表記は「パリ祭」に統一、コンサート名の「シャンソン」と副題は省略、会場名は略称あり、( ) は出典、Rはレコードの略
◆主催者不明(巴里祭フェスティバル1957.7.15プログラム「幕があがる前に:野上 彰」)
「パリ祭」1949.7.14、読売ホール 企画・長興裕之、司会・森繁久彌/野上彰、岡本太郎、ほか
◆巴里会・NDC[日本デザイナークラブ]
野外大パリ祭1956.7.14、パリ祭1957.7.14、パリ祭1959.7.14、パリ祭1961.7.14、後楽園遊園地役員:佐藤尚武会長以下、早川雪洲、石黒敬七、高木東六、山野愛子、東郷青児、ほか
会場は電飾で飾られ、シャンソンが流れ、のど自慢、エッフェル塔の神輿かつぎ、ファッションショー、仮装コンテスト、宝探しなどで盛り上がったらしい。「ヤジうま根性」「お祭り騒ぎ」などと新聞にやゆされながらも。(朝日56.7.15,57.7.15、アサヒ芸能新聞56.7、毎日59.7.15,61.7.15)
2010.12.14朝日カルチャーセンターでNDC正会員に邂逅し、「そんなこと(パリ祭)もありました」とか、仏文学者・画家ほか彼女の錚々たる人脈のことなど貴重なエピソードも伺いました。
◆相原音楽事務所  タイムス見出し「芦野天下のパリ祭」、アサヒ見出し「心にしのびこむ歌」
芦野宏パリ祭の夕1956.7.14、日比谷野音(朝日56.7.8、内外タイムス56.7.14、アサヒ芸能56.7)
芦野宏パリ祭の夕アンコール1956.715、山葉ホール524席(内外タイムス56.7.14、アサヒ芸能56.7)
芦野宏パリ祭の夕1958.7.13、杉浩・堤かをる・本山影子、野音(シャンソン誌58.9、プログラム)
芦野宏パリ祭の夕1960.7.14、津田巌・川島弘、日比谷野音3038席、共催:読売(プログラム)
芦野宏パリ祭を唄う1963.7.5、川島弘、神奈川県立音楽堂1054席(プログラム)
◆主催者不詳  見出し「来週の音楽会」
パリ祭の夕べ1957.7.14、高英男、芦野宏、丸山明宏、宇井あきら、日比谷野音(朝日57.7.13)
◆読売新聞社  見出し「森繁、越路のシャンソン パリ祭によせる催し」
パリ祭フェスティバル1957.7.15、読売ホール(1100席) (読売7.3、プログラム)
制作・長興裕之、構成・野上彰、美術・永沢節、照明・今井直次、司会・志摩夕起夫 出演:芦野宏、深緑夏代、福本泰子、高英男、越路吹雪、草笛光子、宮城まり子、森繁久彌、高島忠夫、金子由香利らクールアンクール8名、松井八郎、宅孝二、原孝太郎と楽団、寺島尚彦と楽団、日暮雅信楽団
評論家が「第1回巴里祭」と記している、オールスター・キャストともいうべき豪華版でした。
◆エンジェルR ダンスパーティ、1957.7.14、岡本太郎、佐藤美子、ほか(シャンソン誌57.7)
◆銀座三愛 レコードコンサート〔佐藤美子〕と映画『アンリエットの巴里祭』1958.7.14(シャンソン誌58.7)。ライヴを含めこの類いの催しは、各地のホール、シャンソン喫茶などでありました。
◆朝日新聞社  見出し「感傷派…石井、描写派…高」
シャンソンの夕べ、1959.7.14石井好子、高英男ほか、日比谷野音(朝日59.7.17、朝日81.7.1)
◆宝塚 パリ祭の夕べ、1960.7.14,15、シャンソン公演の老舗が本公演のフロクに添えたもの。
 出演:浜木綿子、明石照子、淡路通子、真帆志ぶき、水原節子(朝日60.7.10) 野外音楽堂は「シャンソン・ブーム」のなかでも、きわだつ夏祭り会場でした。  (2020.4.18)  後藤光夫©