歌めぐり旅(28)コンポステルにて

 芦野宏が得意なシャンソンの分野は、シャンソン・ド・シャルムとシャンソン・ファンテジストないしシャンソン・コミックです。ファンタスティックでコミカルなシャンソンの歌手は、男性がモーリス・シュヴァリエ、シャルル・トレネ、マルセル・アモン、女性はマリー・デュバ、アニー・コルディ(1928-)といっていいでしょう。芦野はこのジャンルの新星A.コルディの歌をたてつづけに数曲とり入れました。作曲年・曲名・採用年[2桁数字]を記しますと、1952ボンボン・キャラメル56、1952ナポリの山賊56、1953あくびの唄[あくびして眠る]56、1956アルゼンチンの話[ブルゴスのタンティーナ]57となり、どの曲もコンサートでは笑いがおきて会場が盛りあがります。

 <コンポステルにて>は52年にコルディが歌いコンクールでモーリス・シュヴァリエ賞をうけ、<ナポリの山賊>とのカップリングでレコードも出て、ともに大ヒットしました。芦野宏が歌いはじめた年はわかりませんが、いま聴ける音源はTV『くらしの窓』時代1962~66のものです。薮内宏氏(薮内久の兄)の対訳もありますが、ここでは「歌うための訳詞」を載せます。

   コンポステルにて ジゼール・ヴェスタ詞、ギイ・リュパエール曲 1952 薩摩 忠 訳

 どなたもご存じの 昔の町コンポステル/ふしぎなスペインの お寺の町よ/はじめてお参りに
    出かけるその時にゃ/ふしぎな慣わしに まごつくものさ

      ラララ…… 三歩前進して/ラララ…… まわれ右するのさ

 ひとりの娘さん ステップを踏みながら/お寺の参道を 歩いてくると/小粋な若者が 娘に尋ね
    ました/あなたはお参りに 行くのですかと

       ラララ…… お参りはしません/ラララ…… 踊りのお稽古よ

 でたらめぬかすなと 男は怒るけど/娘は知らぬ顔 楽しそうな顔/お空の彼方から 見おろす仏
    さま/娘のステップに ご満足です

       ラララ…… 楽しそうなふたり/ラララ…… 踊りましょうサンバ

 コンポステル[仏語]とはスペインのサンチャゴ・デ・コンポステラ、「お寺」は大聖堂で町の名前でもあります。三歩前進「まわれ右」して二歩後退、そう漸進してお参りするようです。「仏さま」はサンチャゴつまり聖ヤコブ、キリスト十二弟子の大ヤコブ、ここで遺体が発見されました。キリスト聖墳墓のあるエルサレム、いちばん弟子ペテロの墓があるカトリックの総本山ローマとともに三大聖地のひとつです。中世から12世紀、年間50万人の最盛期をへて21世紀のいま26万人、巡礼地として賑わいます。「サンバ」は周知のダンス音楽。歌詞によれば、コンポステラの町で舞踏会があるらしく、娘は聖ヤコブの加護のもとでダンスをさらいつつ途中でナンパされそうながらも恋人ジュアニトの胸に抱かれました。映画『Boum sur Paris』1953でアニー・コルディは<ボンボン・キャラメル>を歌い踊って魅せますが、声だけでも憎めないおふざけぶりはたのしい。

 宗教色をおびたこの歌にひかれて、2005.4.7寄り道の多いツアーでサンチャゴ巡礼に出かけました。マドリードからセゴビア、『グリゴレオ聖歌』のサント・ドミンゴ・デ・シロス、コルディの歌にある地名ブルゴス、ザビエル城、パンプローナ、サンタンデール、ゲルニカ、コバドンガ、歌の人名とおなじレオン、ラ・コルーニャなど、団体バスでたどり4.14到着。徒歩・自転車でなければ巡礼証明書はもらえません。スタンプだけでもと救護所でお願いしたのは、わたしだけでした。

 中世、アリエノール(1122-1204)はとても気になる女性です。彼女はサンチャゴへ1137年に巡礼(2005)、1144年にゴシック創造サン・ドニ修道院の献堂式参列(2006)、1146年ヴェズレーへ第2回十字軍の奨励(2007)など。わたしは9世紀遅れで彼女を後追いしました。祖父ギヨーム9世はトルバドゥールの元祖ですから、いわばシャンソン歌手の先祖です。息子のリチャード1世[獅子心王]もトルヴェール。彼は第3回十字軍の帰途でウィーン近郊ヴァッハウ、デュルンシュタインのケーリンガー城に幽閉され、騎士ブロンデルが歌への反応で主君の生存を知り祖国へ報告、シトー修道会らが負担した身代金で自由の身になる、そんな伝説まじりの話まであります。(2018.8.18) 後藤光夫©

アニー・コルディ<ナポリの山賊>ほか
アニー・コルディと(パテ・マルコニ社1960)
ブルゴスのサンタ・マリア大聖堂
レオンのサンタ・マリア・デ・レグラ大聖堂
サンチャゴ・デ・コンポステラ大聖堂

 

大聖堂 巡礼者救護所のスタンプ 2005.4.14