歌めぐり旅(25)ア・パリ(パリで)

 「世界の恋人」と愛されたイヴ・モンタンは1969年から映画出演などでほとんど歌わなくなります。1981年に13年ぶりオランピアで歌手活動を再開するや、世界じゅうが歓喜しました。79年に南仏での彼との邂逅、80年の新曲LPはわたしには前ぶれに思えてなりません。当の81年11月のツアーでは鑑賞日の二日前から3夜連日と、翌年の来日公演で2回も鑑賞しました。<枯葉>をふくむ30曲をはさんだオープニング<歩きながら>1948の挙措は、人生の歩みをふり返ってかみしめているような歌いぶりでした。終曲は<ア・パリ>48です。躍動するリズムでパリの風景や庶民の情景を歌います。創唱者モンタンが還暦を迎えてシャンソンの殿堂で歌うのを聴くのは格別でした。映像では30歳のときに出演した映画『Paris chante toujours』52で、<ア・パリ>を歌詞どおりの風景をバックにアコーデオンとギターを従えて「歩きながら」歌うのが見られます。

東京-パリ友好記念「サンクオム・コンサート」1990.9.18(パラディ・ラタン)に特別ゲスト出演した芦野宏は<ア・パリ>を薩摩忠訳詞で歌い、臨席された歌の作者から激賞されたと伺いました。芦野の滑舌、日本語の聴きとりやすさは秀逸で定評があり、その「歌う訳詞」は次のようです。

 A Paris 花の咲きみだれるパリの街はいつもほほえんでいる/Au printemps それはパリの屋根の下で暮らす若いふたりの歌なのさ/風は知らぬ顔で恋の夢と悩みを美しい街に運ぶ…

 <歩きながら><ア・パリ>の作者はフランシス・ルマルク(詞曲とも)です。ルマルクはパリ11区ラップ通り51に生まれました。バスチーユ広場に近い下町です。両親は移民、幼少から働いて苦労したのは、やはり移民で4歳下のモンタンに似ています。彼が<ラップ通り>を作詞したこの街は飲食店などからジャヴァやミュゼットが聞こえてくる、シャンソンこのジャンル誕生の地です。こんな環境が「裏街の抒情詩人」作曲家・歌手のルマルクを育てる素地になったのでしょう。そんな雰囲気にふれるため踊り場バラジョーのあるこの通りをぶらつきました。彼はルイ・アラゴンにあこがれ、ジャック・プレヴェールらと活動をともにし、戦時下レジスタンスに加わります。

 戦後は出版社勤務のかたわら、左岸のキャバレで自作歌などを歌って暮らしました。NHKTV『シャンソン・ド・パリ』~イヴ・モンタン~で、ルマルクは言います。「モンタンの舞台に魅了された。それで嫉妬と悲しみを感じた。彼のために歌を書きたいと思った」と。なんと正直で謙虚なのでしょう。1946年プレヴェールから紹介されたモンタンのため1948年につくった<ア・パリ>は200万枚という異例の記録的な売り上げでした。一時、歌づくりに重きをおいたルマルクは才能発掘者ジャック・カネッティのすすめで1949年にまた歌いはじめます。1950年代に世界ツアーでソ連、ポーランド、中国などへ行きました。52年作の反戦歌<兵隊が戦争に行くとき>はモンタンの創唱です。ルマルクは童謡風シャンソンも多くつくり、レヴィル作曲で、小さな靴屋さん1953、蛙54はイヴェット・ジロー、また57年レヴィルと共作の反戦歌<マルジョレーヌ>はモンタン、クラヴォーらがうたい、これらすべてを芦野宏はレパートリーにしました。手もとのLPでみれば、歌手活動の再開後は自作・共作の主なものは歌っております。パレ・デ・スポールでの同志ジャン・フェラ公演72にゲスト出演、オランピア58,89、カジノ・ド・パリ58,89,94にも出ました。

 曲の付いたパリ讃歌のなかで<ア・パリ>はもっとも愛される歌でしょう。ルマルク作品にはこれまで挙げたほかにも好きなものが多く、パリ讃歌ももうひとつあります。地味ですがゆったりしたワルツの<パリのバラード>です。作曲はボブ・カステラといい、モンタン・コンサートでは伴奏バンドのピアニスト。<指揮者は恋している>の本番ステージで「ブラボー」のかけ声と、紗幕の後ろからモンタンに指揮棒を渡したりする姿を見かけるはず。この <パリのバラード>は映画『われら巴里っ子』1954でパリ風景と暗いタイトルバックにイヴ・モンタンの歌声が流れます。芦野宏がうたう薩摩忠の「歌う訳詞」もすてきですが、ここでは薩摩の「対訳」を掲げましょう。

  数多くの詩人たちが パリについて数えきれないほどの歌をつづってきたので
       今さらぼくがどのようにパリの美しさをたたえていいか とまどってしまう …      (2018.5.18)  後藤光夫©

1981.11.25      11.26       11.27
DVD パリはいつも歌う
「ア・パリ」芦野宏 画
ラップ通り 左にダンスホールBalajoが見える
LP パリで/フランシス・ルマルク