歌めぐり旅(15)恋のうぐいす

 南仏の旅では、モンタンとの遭遇のほかにも奇貨がありました。ニースは避寒地なのに曇り空では冬そのもの。市内をぶらついていたらポスターが目にはいり、オペラハウスで足をとめました。演目はフランシス・ロペスのオペレッタ『メキシコの歌手』、ロペス作品のなかで最高の当たりをとった傑作ですから驚喜せずにはいられません。開演が14:45、いまはその5分まえ、1979.12.25のことでした。上演時間は3時間あまり、舞台は青空のもとカラフルな海水浴場で恋のアヴァンチュール、エキゾチシズムあふれるマヤ神殿風の場でドタバタ劇、ヴァラエティに富んだバレエの群舞、魅惑的な声と容貌の主役たち、芸達者な脇役、ヴィーナスさながらのバレリーナ、などなど。

 アリアのなかの白眉は<恋のうぐいす>で、大好きなシャンソンです。これをはじめて聴いたのは1958年から歌いはじめた芦野宏の歌でした。オペレッタからはほかに<フランスのどこかで>と<アカプルコ>も歌っています。やがて創唱のルイス・マリアーノ(1914-70)も聴いて感激しました。のちに<サラダのうた>とロペス作品ほか、マリアーノを歌ったロベルト・アラーニャ(CD)もありがたい。当のニース歌劇場で歌っていたホセ・トダローの幕間での笑顔とサイン入りLP、そのころ作曲者のフランシス・ロペス(1916-95)が当地に住んでいたことなどを思い出します。

  恋のうぐいす  歌詞レイモン・ヴァンシ、作曲フランシス・ロペス、訳詩・薩摩 忠
 そのむかし森の中の小さなお城で 悲しみにお姫様がいつも泣いてた/ある日のことウグイスが
 一羽とんで来て お姫様  にあまい歌ささやきかけた/Rossignol 恋のうぐいす 夜の窓で月の光
 にぬれながらさえずる/Rossignol 恋のうぐいす 声をきけば憂いも消えて恋が訪れるよ/あま
 い歌声 やさしいRossignol

 『メキシコの歌手』の初演は1951.12、パリ・シャトレ劇場(2400席1862-)です。主演のマリアーノは43年、同郷バスク系の作曲家F.ロペスの知遇をえて<マリア・ルイサ>を贈られます。さらに主演するオペレッタ『カディスの美女』45、『アンダルシア』47とつづき、『メキシコの歌手』51、『マルコ・ポーロの秘密』55を頂点に戦後のフランス・オペレッタ黄金時代を築きあげました。往時のパリジャンは通勤時にも仕事中にも、<恋のうぐいす>などのメロディを口ずさんだそうです。ファンクラブ「マリアニスト」は80万人をかぞえ、すさまじい熱狂ぶりでした。あまりの人気でマリアーノは多忙・過労をきわめ、最期は楽屋でたおれました。50代の若さでした。

 マリアーノの歌ではF.ロペス作曲『パリの四日間』48(映画化55)の<パリはシャンパンだ>も、芦野宏が歌います。それに<サラダのうた>(ノエル・ルーほか曲)も。ロペスをうたう歌手としてはティノ・ロッシも忘れてはなりません。映画『マルレーヌ』49から<パリのセレナーデ>、オペレッタ『地中海』55(シャトレ劇場)、『ギターの季節』63 (ABC劇場)などすべて芦野宏はレパートリーにしました。みんなみんな大好きです。マリアーノの死でオペレッタは衰退しはじめたといわれました。しかし以後もフランス・オペレッタの主流をなすロペス作品は、『ジプシー』72(シャトレ)、『ウィーンの夢』88(エルドラド)、TV A2-France芸能欄(NHKBS『Weekend Paris』)で見られたロペス作・演出『タヒチの冒険』1988 (同)、『ラ・ベル・オテロ』89(同)など20本もあります。

 2007.6.21わたしはシャトレ劇場で『メキシコの歌手』前年につづく半世紀ぶりの再演を予約して、鑑賞しました。ブルゴーニュのロマネスク教会をいくつか見歩いたあと、パリ滞在の一夜でした。演出・舞台がニース1979のように伝統的ではなく現代化されており、評も芳しくなかったようです。アリア(シャンソン)を楽しみたいものとしては、まあまあ以上の満足でしたけど。

 シャトレ劇場はオペラ、バレエ、コンサートなどの大劇場ですが、シャンソンは1987年バルバラがはじめてで93年にも。88年シャルル・トレネがあり、21世紀には各歌手がつづきます。

 パリ滞在でかならず行くのはお墓参り。モンマルトル墓地2006ではオッフェンバック、アダン、ソーゲ、そしてジョセフ・コスマをめざし、その途次にフランシス・ロペスに逢いました。それが女性像をアーチで囲む奇抜なもの、浮彫りのAnjaとは4番目の奥さんでしょうか。(2017.7.18) 後藤光夫©

 

ルイス・マリアーノ
『メキシコの歌手』ニース歌劇場1979 ホセ・トダロー
『メキシコの歌手』半世紀ぶりの再演 シャトレ劇場
フランシス・ロペスの墓碑
ブルゴーニュのロマネスク オータンにて
ブルゴーニュ フォントネー修道院にて