歌めぐり旅(20)旅芸人のバラード

 芦野宏のカバー曲数が多い歌手の2番目はジルベール・ベコー(1927-2001)でした。十字架、メケ・メケ、ローズマリー・ポルカ、風船売りなどはベコーが歌いはじめて、それぞれ翌年か数年後には芦野がレパートリーにしております。彼の初渡仏1956.10以前のことです。滞仏中には人気絶頂のベコー宅を訪ねました。芦野が日本語で歌った風船売り、メケ・メケに感激したベコーは12月の自分のリサイタル(1カ月)にゲスト出演してくれないか、と申し出たそうです。それは帰路の都市インドのカルカッタでリサイタルの予定があり、変更がむずかしく実現しませんでした。

 本場シャンソン歌手には学校出は少ないですが、ベコーはニースの音楽院ピアノ科に学んでいます。この業界にはピアニストとしてデビューしました。はじめはジャック・ピルス(リュシエンヌ・ボワイエの夫)の伴奏者で南北米ツアー、ここでジャズにふれ影響をうけたのでしょう。のちに「ムッシュ10万ボルト」といわれたエネルギッシュな演唱スタイルに窺えます。ピルス夫人リュシエンヌはホームシックで娘のジャクリーヌとパリへ帰国し、夫妻は離婚しました。ピルスは滞米中に<あなたに首ったけ>を作詞しベコーに作曲してもらい、帰国後にそれをエディット・ピアフに捧げます。そしたら、彼女は歌も作詞者も気にいって結婚したというのです。ピルスは<シャヴィルの森で>、ボワイエ母と子は<聞かせてよ愛の言葉を>と<トム・ピリビ>が有名でしょう。

 作曲もこなすベコーにピアフが紹介したルイ・アマードの作詞<十字架>は初期の作品で、何人かの作曲家がてこずったあと彼が手がけて出世作になりました。ピルス&ピアフ夫妻のすすめで歌手にもなったベコーをはじめ、本場歌手として初来日1953のダミアやピアフ、マリー・デュバ、マルジャンヌ、イヴェット・ジロー、ジュリエット・グレコのほか、芦野宏も仏語で歌います。

 芦野宏カバー曲、ここまでの作曲年・曲名・作詞・採用年[2桁数字]を記しますと、1953十字架[アマード]55、1953メケ・メケ[アズナヴール]56(NHK紅白57)、1955風船売り[アマード]56(同紅白58)、1956遥かなる国から来た男[アマード]57、1956おい話せよ[ジャン・ブルーソル]57、1956ピルピルエ[アマード]61となり、いずれも訳詞は薩摩忠。つぎの1953旅芸人のバラード64は作曲の10年後ですが、パリ祭’64の記事に「大物どころでは…芦野宏の『旅芸人のバラード』がききものだった」と紹介されています。歌詞はピカソの絵「サルタンバンクの家族」1905のようです。

   旅芸人のバラード  ルイ・アマード詞、ジルベール・ベコー曲、なかにし礼訳詞
 こがねの麦畑みちを/ふしぎな旅芸人の群がやって来るよ/陽気に踊りながら/子供たちは胸は
 ずませてまっていたのさ/おとぎの国から道化師の行列がやって来たよ/笛やたいこ …/…/
 おーい 旅芸人たち どこへ行くんだ/僕もいっしょに 連れていってくれ!

 1963あまりに美しく[アマード、なかにし訳]64はそれこそ「あまりに美しい」メロディと穏やかな歌唱に、「ムッシュ10万ボルト」の看板を忘れるような感銘を受けたのでした。さらに、これも芦野としては遅めのとりくみ、1956ワルソーのピアニスト[ピエール・ドラノエ、なかにし訳]71、1954ぼくの手[ドラノエ、薩摩訳]71など、これまでのも含めてベコーの音楽に幅の広さ、奥の深さを感じたものです。さらに1963君を待つ[アズナブール、なかにし礼訳]71(6月連続リサイタル)では、前奏からいつもとちがうベコーばりの歌いぶりには度肝をぬかれたものでした。

 ベコーの来日公演は1963年につぐ2度目の70.5.23に聴きました。20曲以上ものうちお馴染みは、そして今は[ドラノエ]1961、バラはあこがれ[アマード]1967、ナタリー[ドラノエ]1964、詩人が死んだ時[アマード]1965などで、しも手の椅子にかけた若い女性が曲目紹介する姿と看板どおりに活力あふれる演唱を思い出します。ラヴェルの『ボレロ』で伴奏したような<そして今は>にはグローリア・ラッソの失恋?伝説もあり。<詩人が死んだ時>は親しかったピアフの死を追うように急逝したジャン・コクトーへの追悼であり、薩摩忠訳詞で大庭照子さんの歌唱がいい。

 高校音楽教科書1972~2003採用のシャンソンは、枯葉、詩人の魂、雪が降る、私の回転木馬、ラ・メールなど20曲のなかにベコーの<歌いましょう>1972もはいっています。(2017.12.18) 後藤光夫©

ムッシュ10万ボルト
芦野宏、2度目の渡仏1960ではスタジオでばったり
ジャック・ピルスとリュシエンヌ・ボワイエ
ジルベール・ベコーの墓
🎼MERCI GILBERT TON PUBLIC NE T’OUBLIE PAS