ジャック・ドゥーエ

歌めぐり旅(8)枯葉 創唱

 シャンソンの「創唱」とは「新作の歌を創めてうたい命を付与すること」のようにいわれます。それがどれほど大事なのか、その重要さに仏日での温度差・戦前戦後の違いがあるのでしょうか。それはともかく、創唱の認定には基準というか条件が2つあると思います。

 1つは音源ないし歌唱映像があり、年月日の客観的で確かな記録があること。
 2つめはライヴハウスなどでの実績。これには記録と客観性・説得力がない弱点があります。

 この<枯葉>の創唱については、複数の和書によればほぼ決着がついているようです。楽譜出版は1947年で、ずばり創唱者といえるのは、はじめて1948年に録音し1949年に発売のコラ・ヴォケールです。彼女の初レコードでA面<枯葉>、B面<葬式に出かける二匹のかたつむり>78回転SP盤でした。1989年5回目の来日時の会見に「<枯葉>モンタンより私が先ョ」とあり、記事には「45年のことだったと思う。コスマが『映画のために書いたのだが』と、この曲を私の所に持ち込んできた。すぐ気に入って、エシェル・ド・ジャコブというライブハウスで歌いだした。その後、レコードに吹きこみ、映画公開時には、そのレコードが既に売られていた」、「映画の完成後、マルセル・カルネ監督がコラの歌を聴き、『ほかの女性歌手を使ったのは失敗だった』と悔やんだともいう」。本人の言がかならずしも正しいとはいえないが、ほかにも同様の証言があります。

 いつごろからか、ヴォケールやイヴ・モンタン、レオ・マルジャンヌたちがラジオなどでもしきりに歌ってヒットしてきて、1949年にはモンタン、1951年にジュリエット・グレコ、55年マルジャンヌが録音しました。ところが、創唱者としては伏兵がおります。蘆原英了解説のLP「<枯葉>をはじめて歌った伝説的シャンソン歌手」(XM222AM,1973.4)とNHKTV『シャンソンに生きる』1973.11.15で紹介されたジャック・ドゥーエです。地味な活動ゆえに知名度のあまりない歌手でした。ホームビデオのないころですが、幸いにも取材内容が出版されました。薮内久著『シャンソンのアーティストたち』ジャック・ドゥーエの項でも触れておられます。

 それらで要約しますと、「47年モンマルトルのキャバレ〈シェ・ポンム〉で歌いはじめたころに映画『夜の門』があり、そのなかの<枯葉>はいい歌だからぜひ歌えと、店のマダムにすすめられて歌いだした。歌詞と同じような体験をもつ彼女は毎晩それを聴いて泣いていたという。2,3年つづけて歌っていて、レコードにしたらといわれたが、それは歌いこなせるようにならないとできないと断った」。とてもいい話ですが、いかんせん創唱認定の条件でいえば、2はクリアできても1には該当しません。ドゥーエがLPに収めた<枯葉>の録音は、50~60年代でしょうか。

 フランスの簡易シャンソン事典には「モンタンにより最初に歌われた」とあり、日本の「モンタン創唱」説はそれもあるのでしょうか。封切直後の本邦公開がなかった『夜の門』(後年TV吹替え放映)では、ハーモニカが口笛にされたり口ずさんでもいるのにハミングだけというのも致し方ないでしょう。映画では女声も聞こえ、長らくナタリー・ナティエと解説(創唱とさえ)されましたが、いまはイレーヌ・ジョアシャン(ジョアシム)の吹き替えと改められました。モンタンは1行を口ずさみその前後に2行ハミング、女声が2行と1行うたっています。歌うたいは楽譜順序どおりのフル歌唱だけが標準で、創唱条件もそうなのか。ルフランからはじめ、部分的にハミングしたり伴奏に任せたり、それでもってすばらしい演唱にしあげられることは普通にあります。たしょう身びいきして、『夜の門』でモンタンは<枯葉>を創唱しているという解釈は成り立ちませんか。

 本邦での、<枯葉>創唱者はどなたでしょう。高英男(1918-2009)かな? 彼が公に歌ったのは1952.9.10~23日劇レヴュー『巴里の唄』においてです。53年には<ロマンス>とともに録音しました。ジョセフ・コスマはパリで「東洋人の僕に御好意を下さった」そうです。

 宝塚出身の深緑夏代(1921-2009)は、宝塚レヴュー『シャンソン・ド・パリ』1952.6~で<ラ・セーヌ>とともに歌いました。演出家・高木史郎がパリで仕入れてきたお土産のレコードなどを生かしたのでしょう。高英男より3カ月早い本邦の<枯葉>創唱者と思われます。
 後輩の芦野宏(1924-2012)は、第1回の独唱会1954.11.1で歌いました。(2016.12.18)  後藤光夫©

コラ・ヴォケール
コラ・ヴォケール
1989.11.20 読売
1989.11.20 読売
ジャック・ドゥーエ
ジャック・ドゥーエ
イヴ・モンタン
イヴ・モンタン
ジュリエット・グレコ
ジュリエット・グレコ

枯 葉 1954.11.1 プログラム(部分拡大)

               ↑ 枯 葉 1954.11.1 プログラム(部分拡大)