ノートルダム・ド・パリ    シャルルマーニュ

歌めぐり旅(5)パリのノートルダム

 パリ風景で目立つものは、丘の上のサクレ・クール教会とセーヌ左岸で河岸に近いエッフェル塔でしょう。深尾須磨子の詩に「聖心寺院が白くしろく地上を離れ」と詠われ、シャンソンではベル・エポックにふざけた<エッフェル塔>があり、ムルージは<エッフェル塔の嘆き>を歌い、ミシェル・エメール作詞作曲の<パリのエッフェル塔>1946はモーリス・シュヴァリエにより「パリ名物は何をおいてもエッフェル塔」と歌われました。でもパリのシンボルといえば、やはりノートルダムをあげなければなりません。それで思い出すのは、須磨子「ノオトルダムの鐘」……鐘が鳴ります。散って咲くパリのあは雪、と高村光太郎の詩「雨にうたるるカテドラル」です。
 おう又吹きつのるあめかぜ。……ただわたくしは今日も此処に立って、ノオトルダム ド パリの
 カテドラル、あなたを見上げたいばかりにぬれて来ました。……

 わたしは雨にあうことはなく、晴れた日や曇り空のもと見上げたり昇ったりしに、なんどここへ
来たでしょう。前庭のセーヌ側にシャルルマーニュの騎馬像がたち、西端地下の考古室も覗いてみ
ました。左岸へわたる、後方ななめの橋上や近い前方の小公園からの眺めはとても美しい。

   パリのノートルダム    エディ・マルネ作詞 マルク・エイラル作曲 1952
 ノートルダムのパリに/パリのノートルダムに/一人の浮浪者がいて、その背中いっぱいに/
 ノートルダムを背負っている/彼は、例の男、カジモドのつもりだ/あたり一面にざわつく日々の
 営みをごらん/水の中で輪を描くかわりに/お前は人間、蛙と同じ生き方はできないから/私は
 地上に、水の上にいる/私は、高い所に居るほうが好きだ

  ノートルダムの庭園に行くと/いい友達ができる/毎日、散歩すればいいのだ/てのひらに、
 とうもろこしの粒を持って/私は、鳩が大好き/河を行く船は/まるっきり/シテ島の鳩には
 知らん顔/あじさしや/かもめの他は/鳥だと思っていないようだ

  でも、ノートルダムのまわりでは/お金をかけずに旅行気分が楽しめる/思いがけず、いい場所
 が方々にあって/幸福の神が、家を建てさせないでいてくれる/そこは、花市場と呼ばれている
 /アンリ四世の像は/古びて緑色になり/緑青に覆われながらも/寺院の尖塔が/パリの灰色の
 空に/そそり立つさまをうっとりと見ている
  ……… (対訳:橋本千恵子)

  <パリ>と同じくエディット・ピアフが歌っていて、ほかには聴いておりません。カジモド風の大道芸人がいたり、ハトがシャルルマーニュ像に飛びおり、近くに花市鳥市があり、離れてアンリ四世の騎馬像が立っていて、そんな風物詩はいまも変わりません。ドーフィンヌ広場のアパルトマンにはかつてイヴ・モンタンとシモーヌ・シニョレ夫妻が住んでいたという。歌詞の最後は、
 そして地球は丸くなったのだ/パリの、ノートルダム寺院の/前庭にそびえる鐘楼を中心にして

  これをうけて、レオ・フェレの<ノートルダムの鐘>1952も掲げましょう。
 パリ・ノートルダムの鐘よ/弔いに 祝いごとに鳴る鐘よ/喜びに 悲しみに鳴る鐘よ
 パリ・ノートルダムの鐘よ/おまえたちは この世と同じに古い/おまえたちは セーヌと同じに貧しい
  ……… (蒲田耕二・訳)

  前・後奏に弔鐘が鳴り皮肉な内容を知性派のミシェル・アルノーが歌っております。(2016.9.18)後藤光夫©

ノートルダム・ド・パリ    シャルルマーニュ
ノートルダム・ド・パリ    シャルルマーニュ
左岸 ルネ・ヴィヴィアニ小公園そばから
左岸 ルネ・ヴィヴィアニ小公園そばから
シテ島の花市
シテ島の花市
トゥールネル橋からの眺め
トゥールネル橋からの眺め
E.ピアフ 広場のレリーフ 1981
E.ピアフ 広場のレリーフ 1981
アンリ四世(シテ島西端、アンリ四世小広場)
アンリ四世(シテ島西端、アンリ四世小広場)